斎藤ノブ パーカッショニスト 1950.11.6生れ 京都市出身

NOBU SAITO : Percussion, Compose, Sound produce   Birth : 6.Nov. 1950 KYOTO

1967年、上京。浜口庫之助「リズムミュージックカレッジ」へ入り、リズムレッスンを受ける。

1970年、下田逸郎と出会い、2人で「シモンサイ」を結成。パーカッショニストとして、初めて活動。『霧が深いよ』で、フォノグラムよりデビュー。

1972年、スタジオミュージシャンとして、浅川マキのレコーディングに参加する一方、ティンパンアレー、サディスティックスにも参加。その後、ユーミンのアルバム等のスタジオワーク中心となる。

1977年、後藤次利、クリスパーカー(スタッフ)等とニューヨークで録音した、ソロLP『バージンテリトリー』をコロムビアよりリリース。この年、松崎しげるの『セイリング ラブ』で、第6回東京音楽祭編曲賞受賞。

1978年、サザンオールスターズ『勝手にシンドバット』をリズムアレンジ。

1980年、「パラシュート」を結成。『PARACHUTE FROM ASIAN PORT』(キャニオン)他3枚のアルバムをリリース。

1983年から「AKA-GUY」結成、ライブ活動を開始。

1986年、『AKA-GUY』1 st LPリリース(フォーライフ・ウィング)。
ラジオ関西「ウキ!ウキ!スマビーチクラブ」DJとして活動。
1986年、中島みゆきのライブに参加する一方、パーカッショニストとしてだけでなく、アレンジ、作詞(三原順子・中森明菜ほか)、作曲(田中好子ほか)活動や、CM音楽及び、環境B.G.M、新人アーティストのサウンドプロデュースを手掛ける。

1988年、中島みゆき全国ツアーに、バンドマスターとして参加。同じく、角松敏生インストツアーにも参加。この年、本人のライブを行い、これが「NOBU CAINE」のきっかけとなる。

1989年、角松敏生のレーベル・オーンレコード(BMGビクター)より、『NOBU CAINE』をリリース。この年、渡辺貞夫グループにも参加する一方、かまやつひろしとライブ活動も始め、堺正章のセッションにも参加。その後、角松敏生、渡辺貞夫、中島みゆきツアーに参加。
TBS-TV系列「イカ天」のレギュラー審査員としても活躍。

1990年11月21日、『NOBU CAINE U』リリース。
11月〜12月、中島みゆきシアターコクーンライブ。
12月、渡辺貞夫クリスマスチャリティライブ。

1991年1月、NOBU CAINEホールコンサート。
2月「ごきげんよう」にムッシュと出演。
3月「すばらしき仲間たち」テーマ音楽制作。
2月に「タモリの音楽は世界だ」ゲストとして出演、4月より同番組にNOBU-SONSとしてレギュラー出演。渡辺貞夫ジャズフェス、ジョー山中ツアー、「やまだかつてないバンド」等に参加。
1991年11月1日、ソニーより『NOBU-SONS IN CLASSICS』をリリースする。同年11月12日、青山スパイラルホールにてNOBU-SONS初LIVE。

1992年1月〜2月、渡辺貞夫アフリカツアーに参加、現地で高い評価を受ける。10月には能楽師・観世栄夫氏との共演など、幅広く活躍。

1993年5月、キーボーディスト吉弘千鶴子のデビューアルバムを初プロデュース。この年より、西田ひかるコンサートツアーにサウンド・プロデューサーとして参加。音楽的に高い評価を受け、ニューアルバムのプロデュースも手掛ける。

1994年プロデュース作品の『きっと愛がある』は、西田ひかるの代表作となる。夏には、SING LIKE TALKINGのツアーに参加しつつ、「水辺音楽祭」「中野スーパーセッション」等のイベントの音楽構成、サウンドプロデュース等も手掛ける。
年末には、CX「新春かくし芸大会」の為、堺正章氏にティンバレスの指導・構成をする。

1995年、NOBU CAINEはポニーキャニオンへ移籍し、4月21日、5年振りのアルバム『熱烈天子』をリリース。中島みゆき全国ツアーは遂に香港まで進出、地元でも高い評価を受ける。またこの年より、谷村新司アリーナ・ツアー、青山劇場コンサート等に参加。

1995年から1996年にかけては、中西圭三のコンサート・ライブのサウンドプロデュースを手掛ける。10月18日には、NOBU CAINE第2弾『IGNITION』発売。

1997年より、新人発掘にも力を入れ、実力派女性バンド「SIMBA SALOON」を結成プロデュース、エイベックスより、『La La La Latin Disco』にてシングルデビュー。

1998年6月、本人プレゼンツにより全国8ヶ所のインストゥルメンタル・ツアーを敢行。ミュージシャンの原点に戻り、全て本人達で行ったこのツアーは、各地で高い評価を得る。

1999年6月、約10年間に渡るNOBU CAINEの活動に終止符を打つ。同年6月より1年間、ミュージックスクールAMVOXの講師としてリズムレッスンを行う。

2000年4月より、FMヨコハマ「SUPER NOBU SESSION」のパーソナリティを勤める。毎回、音楽業界の重人達をゲストに迎え好評を得た。 同年、ANRIライブツアーに参加。9月21日にはNOBU CAINE解散記念CD『encore』リリース(MUSIC GATE)。
大晦日には、地元京都にて「炎の祭典」にソロで参加、岩座(いわくら)の火祭りと共に、20分に及ぶソロプレイで20世紀の幕を閉じる。

2001年4月より、CX系「エブナイSAT“バンドの星”」審査委員長を務める。歯に衣着せぬ審査と音楽をまじめに愛する姿勢に高い評価を得る。同番組からは新人アーティストを発掘。
5月23日、キングレコードより、ツムラクールバスクリンのために書き下ろした『LOVE MAKES YOUR SMILE』(Vo. KONISHIKI)をリリース。
同月、YUMINGプライベートライブ in LAに参加。
6月、高中正義レコーディング、7月ANRI LIVE TOURに参加。
8月には、ARENA HALL「宴」が5年目を迎え、9月2日には、本人のラジオ番組から成り立った「SUPER NOBU SESSION スーパーライブ」を敢行。 大好評を得た「SUPER NOBU SESSION スーパーライブ」は2002年6月、2003年6月と中野サンプラザホールにて3年連続で行われた。

2002年5月レイ・パーカー・Jr.ジャパンツアーに参加し10月に発売になった同ツアーのライブアルバ ムをプロデユース。 また2002年8月にはFM大阪「斎藤ノブのNIGHT JAM」がスタートし2003年2月に大阪なんばハッチにてこの番組のライブイベントが行われた。
10月栃木・岩船山クリフステージサウンドフェスタ2002をプロデユース。

2003年7月新リーダーバンド「Vibes」のデビューアルバム「Vibes」(コロムビア)をリリース。
宮城・志津川湾夏まつり40周年記念『志津川ベイサイド・サマー・ライブ2003』をプロデュース。
11月北九州メディアドームで行われた「パーカッションの祭典」に出演。

2004年2月Vibesのファーストシングル「In Your Eyes」(CX系"奇跡体験アンビリーバボー"エンディングテーマ)を発売。
4月にはセカンドアルバム「VibesU」をリリース、5月川崎クラブチッタにて『奇跡のライブ』と言われるライブが実現し「MUSIC INDEX」(BSフジ)でオンエアーされる。
7月より札幌のFMラジオノスタルジア「斎藤ノブのミュージックファン」がスタート。 8月阿波踊りサウンドフェスティバル2004」(徳島)をプロデュース。
11月にリリースされた稲垣潤一のミニアルバム「Revival U」(テイチク)のサウンドプロデュースを任されそのレコーディングメンバーで全国ツアーを行った。
同月藤井尚之、後藤次利と結成した"Non Chords"のデビューアルバム「Non Chords」(VITAers)もリリースされた。

2005年“Non Chords”は全国ツアーを2回、アルバムを2枚リリース(avex)、CROSS OVER JAPAN’05や藤井フミヤカウントダウンライブへの出演等精力的に活動を続けた。 またBS-i「BQ」のレギュラーコーナー『GOD JYOINT〜極上〜』にて実現したさまざまなゲストとのスペシャルセッションは大きな話題を呼んだ。
10月地元京都の青蓮院門跡「ご本尊熾盛光如来ご開帳記念特別奉納コンサート」をプロデュース。

2006年新たに結成したGIBIER du MARIは3月にアルバム/シングルをリリース(avex)。 クアトロツアーやイベントへの出演、カウントダウンライブ、テレビ番組への出演など幅広い活動を展開した。
8月長野・野辺山にて行われた「SUMMER GROOVE IN NOBEYAMA2006」をプロデュースし全出演バンドに参加という偉業を成し遂げる。

2007年2月東京文化会館にて行われた「音楽の匠」 4th.NIGHTをプロデュース。
またヤマハエレクトーンコンクール2006ウイナーズコンサート ウイナーズセッションでは 子供たちとのコラボレーションもあり新たな一面を垣間見せた。
5月発売の夏木マリシングル「リンダリンダ」、7月発売アルバム 「ジビエ・ド・マリ2 」をプロデュースし GIBIER du MARIの東名阪ツアーと国内最大級ライブイベント「a- nation」への出演を果たす。
11月リリースの中川晃教マキシシングルをサウンドプロデュース。
大晦日GIBIER du MARIカウントダウンライブを2年連続 「COTTON CLUB」にて行う。

2008年1月CX新春かくし芸大会「ヘキサゴン・ミュージック・パ レード〜チンプン管プン元気よく〜」と 「イケメンジャンパーズ」の2演目を打楽器指導及びプロデュース。
3月には前年に続き東京文化会館にて行われた「音楽の匠」 5th.NIGHTをプロデュース。
GODIEGOコンサートにゲストとして出演する。
また中川晃教ツアーにサウンドプロデューサー&バンマスとして参加。
6月にはGIBIER du MARIで名古屋、大阪、福岡をツアー。ツアー終了後すぐにバングラディシュへ赴き支援活動。現地の人たちと交流をはかる。
7月7日に、7人のトップミュージシャンが集まったスペシャルユニット「7」のアルバムをリリース。メンバーは村上“ポンタ”秀一、井上鑑、島健、松原正樹、後藤次利、本田俊之、そして斎藤ノブ。
9月から10月にかけて、Billboard大阪と東京でライブも行った。
7月19日中津川市東美濃ふれあいセンター歌舞伎ホールで行われた「響 Collaboration」で、桑名正博、茶木みやこと共にライブ。
8月10日七ヶ浜国際村ホール「おきなわんミュージック Vol.6」に参加。内田勘太郎と共にステージを盛り上げる。
9月からスタートした高中正義の東名阪ツアーでは、サポートメンバーとして、バックを支えた。

斎藤ノブ 〜 デビューへの道のり
 

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